身禄行者の墓へお参りに

身禄行者の墓へお参りに_c0060143_12042823.jpg
富士信仰の中興の祖と呼ばれる「身禄行者」のお墓は、文京区の海蔵寺にある。昨年、都電荒川線宮野前駅から田端や駒込を通って本郷まで富士講関連のスポットを巡る街歩きを行った際に、初めて立ち寄った。今回で2回目である。

富士山を信仰する「富士講」の指導者として活動した後、享保18年(1733年)63歳の時、富士山で断食行を行い、そのまま入定、つまりお亡くなりになった。

身禄の死後、娘や門人によって富士講はどんどん広まっていき、「江戸八百八講」と呼ばれるほどに増えていったという。それぞれの地域で富士山を模した「富士塚」の築山をつくり、実際の富士山に登れなくても富士登山の功徳があるとされた。

現在でも、東京近郊に200以上の富士塚や富士講の遺構が残っている。

身禄行者の墓へお参りに_c0060143_12043019.jpg

身禄行者の墓へお参りに_c0060143_12043387.jpg

身禄行者の墓へお参りに_c0060143_12043513.jpg

身禄行者の墓へお参りに_c0060143_12043722.jpg
身禄行者の墓
東京都文京区向丘2丁目25-10

by t0maki | 2024-03-04 10:06 | ライフスタイル>アーバンアルピニスト | Comments(0)