ポコラート、最終日に滑り込み

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六本木の国立新美術館で「出光アートアワード」と「土日展」を鑑賞した後、地下鉄で秋葉原へと移動して、歩行者天国の端から端まで歩く形で末広町の3331 Arts Chiyodaへ。「ポコラート展」を観にきました。

2010年にはじめての公募展が開催され、vol.9の後に世界展が開催され、今回はvol.10の開催、と。年度末で3331が大規模改修に入るため、今回がもしかしたら最後の開催かもしれない、と。

誰でも、どんな人でも垣根なく応募できるアート作品展として、僕も何度か過去にも見にきています。応募してみたかったですけどね。

アートとは?人によっていろんな回答があると思いますが、正解は人それぞれ。自分にとってのアートは、同じ語源の「artificial」と同じだと思っています。人工的なもの。人の手によるものは、なんでもアートになりうる、と。作った人が「これはアートだよ」と言えば、それがアートなわけです。あるいは、本人には自覚がなくても、周りの人が「それはアートだね」って認定する場合もあると思います。とにかく、人が作ったもの、アーティフィシャルなものは全てアートになりうるというのが、私の持論。

そう言った意味で、この展覧会は素晴らしいアート作品が集まった作品展だと思います。

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アール・ブリュットとか言いますけど、生成りのアート。主に、障害者によるアートの作品を指すけど、それだけに限定しなくて良いと思う。「作りたい」という意志のある人はどんどん作れば良いし、それはどんなものでもアートになりうる。料理でも、工芸でも、手芸でも、子供のお絵描きや粘土遊びでも。

そして、どんな作品でも気に入ったらどんどん買ってみると良いと思う。音楽でも、料理でも、好きなものは購入するのに、アートだけはなぜか金持ちが自己顕示欲をひけらかすためとか投資目的で買ったりするから、なんかややこしいことになる。そういうものだけしかアートとして認めないような。それ以外のものを市場から締め出すみたいなのがあったりして、なんだかなと思うわけです。

もう一度言うけど、どんなものでもアートになる。

と、僕はそう思いながら大学でアートを専攻し、今もずっと「日曜アーティスト」として趣味の創作活動を続けています。

というわけで、この日は六本木で「出光アートアワード」の展示を見てから、「土日展」をたまたま見て、さらにこの「ポコラート展」を鑑賞しました。

出光アートアワードでは、自由でのびのびとした作風の作品をたくさん見て、土日展ではスキルの高い重厚な素晴らしい作品を見ました。そして、このポコラート展では、さらにもっと自由でおおらかで、しかも鬼気迫るようなエネルギーと時間の集積による作品を見て、そして今僕は無性に自分でも何かつくりたくなっている。

しっかりと集中して、方向性を定めて持続できる作品に取り掛かりたい。素敵な作品展でした。

by t0maki | 2022-12-25 17:11 | アート | Comments(0)