リノからシカゴへ!24年前のアメリカ長距離鉄道の旅を辿るバーチャルトリップ

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1996年12月、僕はアメリカを横断する長距離鉄道、アムトラックの「カリフォルニア・ゼファー」に乗ってネバダ州のリノを出発した。アメリカに留学して3年目。冬休みを利用してアメリカを15日間かけて一人旅をしようと決意したのだ。

昨年、学生時代に撮影した大量の白黒フィルムをデジタル化した際に、この旅の写真が出てきた。さらに昨年実家に帰った時に、当時の切符の半券と路線図が書かれた地図を発見した。なんとなく、この旅のことを掘り起こさなければならないな、と思いつつ。少しずつ準備を進めていたところ、今回の新型コロナの影響で、旅がまったくできない状況になってしまった。

記憶をたどりながら、バーチャル旅をするにはちょうど良いタイミング。
その24年前の旅に持参していたのとまったく同じガイドブックも、古本で購入した。

というわけで、これからその1996年から1997年にかけて、15日間のアメリカ旅を振り返ってみたいと思う。

* * * 

僕がリノの駅を出発したのは、1996年12月30日。ネバダの砂漠の街には珍しく、雨がパラついてました。それがこのあと、未曽有の大雨につながって、旅程もめちゃめちゃになるとはこの時は予想もしなかったですけどね。


僕がアメリカに留学したのは、1994年のこと。バカみたいなホントの話なんですけど、僕は留学をするまで、一度も海外に行ったことがありませんでした。田舎の街で育って、学校の先生以外に外国人と会話をしたこともない。僕の、小さい頃の外国に関する記憶と言えば、小学5年生頃に東京へスペースシャトル展を父親と見に行って、その会場にいる外国人の存在が珍しくて、「下から見上げる外国人の鼻って不思議な形をしているんだなー」って思ったことくらいしかない。

でもなぜか、「高校卒業したら、留学するぞ!」って決意しちゃったんですよね。1年間は新宿で英語だけを学んで、その翌年に渡米。この、留学のために日本からアメリカへ渡ったのが、僕にとっての初めての海外だったわけです。

アメリカの大学では、人類学を学ぶ予定でしたが、アートの授業が面白くて、勝手に次々アートのクラスを取り続けてたら、とうとうアート学部に転部しないと卒業が危うい状態に。というわけで、アート学部の陶芸彫刻学科に籍を置きつつ、写真や油絵、版画などいろんな創作表現を学んでました。

で、まぁいろいろありつつ、留学生活もあと残り1年ちょっと。アメリカをもっと知るために、旅をするなら今しかない、と。アメリカをぐるりと巡る15日間の旅をしてみようと思ったのです。

ガイドブックに、僕がこの時購入した「1996年USAレイルパス」の料金が載っています。

それによると、この年のオフシーズンの15日間全線に乗れるチケットは、245ドル。日本円で28,200円とあります。3万円弱で、アメリカを15日間列車に乗り放題って、かなりすごくないですか?このUSAレイルパスは、アメリカを観光する外国人専用の乗り放題チケットなのです。購入する際は、パスポートを提示する必要があります。

ちなみに、現在このUSAレイルパスって存在するのでしょうか?もしあるとしたら、いくら?

検索したら、HISのサイトが見つかりました。
8区間15日間で58,800円っていうのが、一番近いプランですかね。僕のは全線だったので、こちらは区間がちょっと狭いのかもしれません。18区間45日間で、115,100円というプランもありました。

というわけで、僕は1996年の暮れに、245ドルで15日間アムトラック乗り放題のチケットを購入して、アメリカを巡る旅に出ました。1日の旅費の上限は、宿泊費食費全て込みで100ドルとしていました。15日間、毎日ホテルに泊まると厳しいですが、幸い鉄道に乗りっぱなしで片道2泊3日というような行程なので、車中泊でだいぶ旅費を浮かすことができました。

僕にとっては、留学以外では初めての海外旅行らしい旅。しかも、当時はその言葉こそなかったですが、今で言ういわゆる「バックパッカー」の旅でした。

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リノからアムトラックのカリフォルニアゼファーに乗り、目的地のシカゴまでは2泊3日。その間、ずっと列車に乗りっぱなしです。冒頭の写真は、ちょうどこの列車に乗っていた時に撮ったもの。寝て起きたら、ちょうど列車がロッキー山脈を通過していたのを覚えています。雪が積もる雄大な山々。アメリカの大自然のスケールを思い知った瞬間でした。

この旅行で、僕はAIWA製のポータブルカセットプレイヤーを持ち歩いていて、ずっとENIGMAの『Le Roi Est Mort, Vive Le Roi!』というアルバムの曲をエンドレスループで聴いてました。この選曲に特に深い意味は無いのですが、たまたま出発前に何か旅行中に聴ける音楽が欲しいなと思って、お店で視聴した中で、「これなら飽きずにずっと聴いていられるかな」と思ってカセットテープを購入したのでした。

今でも、このアルバムを聴くと、条件反射的にこの1996年の旅のことを思い出します。


* * * 

列車に乗って二日目の夜。タイムゾーンを越えたせいで、今現在の時刻がよく分からなくなってました。
深夜、自分の席で寝ていると、ラウンジの方から突如たくさんの人が叫ぶのが聞こえてきました。
その瞬間、年を越して1997年の1月1日になりました。
僕はまた、目を閉じて、眠りにつきました。

* * * 


シカゴに到着したのは、1997年1月1日。この時点ではまだホテルの予約を取っていないので、ガイドブックで目星をつけていたホテルの中から一番安い場所を目指します。携帯電話も、インターネットで予約も無い時代ですからね。ホテルを探すのも大変です。

この時の旅では、基本的にホテルの予約はとらず、行く先々で行き当たりばったりにホテルを探していました。それでも、チェックインで断られることもなく、大体目当てのホテルには泊まれました。ガイドブックに載っているホテルの中から、近くて安いホテルをいつも選んでいました。

シカゴで泊まったホテルは、よく覚えています。一人旅で初めて泊まるホテルなので、少しでも馴染みのあるところが良いだろうと思い、「Tokyo Hotel」というところに泊まりました。なによりも、ガイドブックの中ではこのエリアでは特に安かったので。名前から推測するに、日本人の方が経営しているのかな?と思ったら、別にそうでも無さそうでした。一階に日本食のレストランがあるということで、夕飯はそこで食べたのですが、よくある「アメリカの」日本食屋さんという感じだったと記憶しています。

今調べたら、Wikipediaに載ってますね。
残念ながら、2013年に閉館になったようです。

よく見ると、旅行客向けのホテルというよりも、長期滞在者向けの宿泊施設といった趣きだったそうで、「売春と犯罪の巣窟だった」みたいなことが書かれてますね。そういえば、扉の壊れたエレベーターを、常駐のおじいさんが操作してたりとか、確かにそんな雰囲気はありましたが。そうそう、夜中に銃声みたいなのが聞こえて「いや、あれはきっと車のバックファイヤだ」と無理やり信じて寝ようとしたのを覚えてます。

当時の写真、何枚かあります。

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この最後の一枚は、ホテルの部屋で鏡を使った自撮り。当時は髪が長かったのですよ。卒業するまでには、肩甲骨が隠れるくらいの長さになりました。で、卒業と同時にスキンヘッドにしたのですけど、それはまた別の話。

リノを出発して、3日目の夜。「北米大陸周遊15日間の旅」はまだまだ続きますが、長くなってきたのでいったんここらへんまでにしておきますかね。

この翌日、ホテルをチェックアウトしてシカゴの街を歩いた後、また列車に乗ってニューオーリンズへ向かいます。

続きは次回に。




by t0maki | 2020-05-29 23:20 | ライフスタイル>旅・散歩 | Comments(0)