僕をつくった本たち

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昔から濫読で、特に高校時代は通学時間や休み時間はずっと本を読んでたので。図書館で借りた本の量は、たぶん学年で1位か2位かだったと思う。借りた本のタイトルを紙のカードに書き込むんだけど、僕のカードはあっという間に書く欄が足りなくなって、三年間で継ぎ足し、継ぎ足しで増やしていったら、エライ厚さになってた。
 
たくさん本は読むんだけど、たいへいの本は1回しか読まない。どんなに面白くても、2回目読むってことはほとんど無かったです。世の中には、ものすごい量の本があって、一生の間に読むことのできる本の量なんてそのうちの極々一部だってわかってたので、同じ本を二回読むなら、どんどん新しい本に出会いたいと思っていたのでした。
 
だから逆に、2回以上読んだ本は、よっぽど思い入れがあるか、何か目的をもって読んでいるか。忘れた頃に、定期的に読む本なんてのもあります。
 
もちろん、一度しか読んでないけど、強烈に印象に残っている本もあります。
 
というわけで、今まで生きてきた中で、記憶に残っている、思い入れの深い本をリストアップしていこうと思います。
 
題して「僕をつくった本たち」
 

■梶井基次郎さんの『檸檬』

最初はたまたまだったと思うんですけど、旅をする時にこの本を持っていったことがあって。その後も、旅をするたびにこの本を持って歩いてたら、いつの間にか旅の必携品に。一度などは、旅をしたときにこの本を持っていくのを忘れて、旅先の本屋でわざわざ買いましたから。
 
旅をしながら読むのに、ちょうど良いんですよね。短編集なので、どこから読んでも良いし。この、独特の空気感というか、表現が、旅先で何か新しいものを見たり、新しいことを体験するのに合ってる。ような気がする。
 
なので、家に何冊かあります。
 

■『アルジャーノンに花束を』の原書

十代の終わりに、初めて原書で読んで感動した本。
主人公のチャーリーが、医学の力でどんどん知能が高くなっていくストーリー。最初、英語の勉強をしている時に読んだ時は、その前半のつたない文章が、どんどん洗練されていくところに、自分の語学学習の過程を照らし合わせて、すごくその部分に共感しました。
 
留学中に読んだ時は、それなりにもう英語が使えるようになってたので、チャーリーが知能のピークを迎えた部分も文章が理解できて、嬉しい気持ちに。
 
留学を終えて、日本に帰ってきてからしばらくしてから読んだ時は、やっぱり後半のところに共鳴して、切ない気分に。
 
英語で読んだほかに、スペイン語でも読んでみたことがあります。簡単なスペイン語でも全然理解できずに悲しい思いをしたんですけど、音読してたら隣で娘が面白がって「それ、どんな意味?どんな意味?」って聞いてくるので、その都度教えてあげてたら、なんか突然意味がすっと頭に入るようになりました。不思議な体験。
 
大学時代、スペイン語を学んでたのと、あとは何度も英語で読んだことのある話だったので、そういう現象が起こったのだと思いますが。
 
なんにせよ、この本は自分の成長とともに何度か読み続けている本です。そろそろまた、読んでみましょうかね。
 

■夏目漱石先生の『彼岸過迄』

ロサンゼルスに住んでいる時、地元の古本屋で見つけて買いました。だいぶ古い文庫本で、旧仮名遣いで書いてありました。
 
これを持って、週末は近所のコインランドリーで洗濯。ラテン音楽が流れてて、周りはスペイン語を話す南米からの移民の人ばかりのようなその場所で、日本人は僕一人。そこで、この旧仮名遣いの古い本を読んでいる、と。
 
本の中に「高等遊民」っていう言葉があったのが気に入って、僕もそんな人になりたいなと思って、一番最初のhotmailアカウントはそれをIDにしました。
 
高度に知的に遊ぶ人、みたいなイメージで。もっとも、本来の意味は不労所得で暮らす、遊び人くらいの意味ですけどね。
 

■夏目漱石先生の『坊ちゃん』

続いて、また夏目先生の本。この本は、今でも覚えている、緑色のハードカバーの分厚くて大きな本で、友人が僕の入院のお見舞いとして持ってきてくれたもの。初めて、本物の「文学」に触れたのがこの本でした。
 
それから、夏目先生の本をいろいろ読むようになって、そこから芥川龍之介さんとか、三島由紀夫さんとか、川端康成さんの本を読むように。読みづらいなーと思いつつ、森鴎外さんの本を読んだり。宮沢賢治さん、中原中也さんなど、童話や詩なども。
 

■シャーロックホームズ全集

小学六年の時に文学と出会いましたが。やっぱり学校で借りて読む本といえば、ズッコケ三人組とか、怪人二十面相シリーズとか。
 
そんな中で、シャーロックホームズ全集はハマりました。面白くて、次から次へと、図書館にあるだけ全部次々と読んでいきました。で、ホームズが無くなると、次はアルセーヌ・ルパンへ。コミックではなく、そのモデルとなったフランスの小説。たぶん、ルパン対ホームズみたいな本があって、それがきっかけでホームズからルパンに移行していったんだと思う。
 
でもやっぱり、ホームズは好きでした。
大人になってからロンドンへ旅行で行ったときに、ベイカー街221Bに実際に訪れることができたのは、感動でした。
 
ここら辺が、小学校の頃の読書体験。
 

■ガリバー旅行記

中学生の頃も本は読んでいたはずなのですが、あまり思い出せない。アニメージュを買って、風の谷のナウシカの連載が再開されるのをひたすら待ってた時期ですかね。
 
ナウシカにハマってたころ。当時、うちにはテレビ番組が録画できるビデオデッキが無かったので、金曜ロードショーで『風の谷のナウシカ』の映画をテレビ放映した時に、ラジカセで音声だけを録音し、それを聞きながら、宮崎駿さんの文庫版の絵コンテ上下二巻を読みながら、映画を観ている気になってました。
 
ちょうど『天空の城ラピュタ』なんかもテレビで初めて放映された頃だったかな。
 
で、ガリバー旅行記を読んだんですよ。小さい頃から絵本で親しんできたストーリーでしたが、原作を読むと全然印象が違う。小人の国を訪れるエピソードは、実は全体のごく一部なんですよね。逆に、巨人の国に行ったり、黄金の国ジパングが出てきたりなど。で、その物語の中に出てくるのが、空飛ぶ島のラピュータなんですよ。
 
子ども向けの絵本だと思っていた物語が、実はとんでもなく壮大だったんだってわかって、感動しました。政治的な風刺などは、解説を読みながら。この本は、今でも記憶に残っています。
 

■SF御三家

中学校の国語の先生が、ちっとも教科書を使わずに、代わりに星新一さんのショートショートなんかを教材に使ってくれたので、すっかりSFやショートショート好きに。高校に入ってからも、図書館にある本は方端から読んでいきました。
 
星新一さんの珠玉のショートショート。小松左京さんのち密に作りこまれたSF小説。そして、はちゃめちゃ破天荒な筒井康隆さんの作品とか。SF御三家と呼ばれるこのお三方の作品は、片っ端から読んでました。図書館の本を読みつくすまで。
 
昔から、結構そんな読み方をしてましたね。
 
そんなわけで、つい最近世田谷文学館で小松左京展が開催された際に、筒井康隆さんが登壇するトークイベントに参加して、目の前にあの筒井さんがいるのが、めちゃめちゃ感動でした。
 

■エッセイなど

本を読む時に、まずは軽めの本から読んでいって、だんだん頭が覚醒してきたら重くて難しい本を読み進めていく流れ。手元に何冊が本を並べて、順番を決めて読むんですね。前菜から、メインディッシュみたいな感じです。

で、その前菜にあたる部分で、とっつきやすくて読んでて面白く、どんどん読める本っていうことで、椎名誠さんとか、畑正憲さんのエッセイなどをよく読んでました。文章の流れが自然で、文体にリズムがあって読みやすい。かつ、そこまで重苦しい中身ではなく、さらりと読める。
 
読書の入り口としてエッセイを読んだ後、徐々に重い作品に移っていって、ノンフィクションの作品や、ちょっと学術書めいたものとか、文学作品などに続いていく、と。
 

■戦争と平和

おそらく、自分が読んだ本の中で、一番重たいのがこの本。トルストイの『戦争と平和』。うっかり、高校の夏休みに、この本を課題図書で選んでしまって、登場人物の名前が分かりづらいは、たくさん出てくるは、冊数も多いし、夏休み中になかなか読み終わることができずに、ものすごく大変な読書体験でした。
 
この本は、夏休みの感想文を書くのには、おすすめしません。
けど逆に、そんな意味で、今でも思い出す作品です。
 

■三国志

留学する前に、1年間英語を学ぶために、新宿にある学校に通ってました。その時に、往復5時間の通学時間があったので、電車の中で宿題をしたり、仮眠をとったり、読書をしたりなどしてました。で、そのころ読んだのが、三国志。
 
なぜその本を選んだのかは覚えてないですが、留学前の最後のまとまった読書っていう感じで、古本屋で全巻セットを買ったんだと思います。
 
こちらは、面白かったですよ。締め切りもノルマも無いので、自分のペースで読めたので。登場人物がたくさん出てきますが、それぞれ個性のあるキャラクターなので、わりとすんなり読めました。ところどころに興味を引くエピソードがちりばめられていて、退屈せずに読めました。
 
10代最後の読書体験ですかね。
 

■活字中毒の禁断症状

アメリカに留学していた頃、手持ちの本を全部読み切ってしまい、突然活字中毒の禁断症状が出ました。英語をひたすら学んでいるストレスもあったと思いますが、突然日本語の本を渇望しまして、読む本がもう無いので、図書館に行って、日本語で書いてある論文とか学術書を探して、それを読むみたいな。
 
日本に一時帰国をして、段ボール一杯の古本をアメリカに持ち込んでしばらくはそれで納まってましたが、またそれも読み切って、また日本語の本を求めてもだえる、と。
 
その頃、重宝したのが大江健三郎さんの小説です。中身がしっかりしていて、読みごたえがあるので、ずっと長く噛んでいられるスルメのように、一冊の本を長い時間をかけてモグモグと味わっていました。
 

僕の読書体験としては、そんなところですかね。最近は、さすがに読書のペースも落ちました。本屋に行っても、とっさに読みたい作家さんの名前が出てこなかったり。
 
ちょっと前ですが、宮沢章夫さんのエッセイが面白いなと思って、しばらく何冊か読んでたことがあります。
あとは、大崎善生さん。文章がきれい。『ドナウよ、静かに流れよ』の前半部分がすごく面白くて、読み進めていったらなぜか後半は海外珍道中みたいなことになって、残念なことになって、それから読んでない。
 
糸井重里さんのエッセイも好きで過去に何度か読んでいて、こないだ古本屋さんで2冊買ったけど、まだ読まずに積読のまま。
 
そう、最近は積読がなかなか減らなくて。知人の方が書いた本など、サイン入りで買ったりいただいたりして、それを読まなきゃな―と思いつつ、まだ手を付けてないのがあったりして。いかんですよね。
 
ビジネス本とか、ハウトゥ本とか、自己啓蒙の本とかいろいろ出てますが、なんとなくそういうのも読みかじったりしつつ。でもやっぱり、小説や文学的なものが好きですよ。
 
ショートショートはたまに自分でも書いてみたり。『一行小説』っていう、古今東西の昔話やおとぎ話を、全部一行で表現するっていうシリーズは、昨年電子書籍化してKindleで販売中です。あとは、昔話を機械翻訳で100以上の言語に訳して、その過程で文章が崩れていくのを一冊の本にまとめるシリーズとか。そういったのも、Kindleで何冊か売ってます。ついこないだも、その作り方の勉強会をする前日の夜に、2時間で一冊の本を完成させて、Kindleで発売しました。
 
今、読みたい本ってなんだろう?
以前読んだ本で、また読みたいのは?
 
そろそろまた、『アルジャーノンに花束を』を読みますかね。
あと、『火垂るの墓』も主人公と同じ年頃に読んで感動して、その後何回か読んでるので、今の年齢になってどう変わるのか、読んでみたい。
 
大江健三郎さんの小説、今までに結構な数を読んでるはずなんだけど、びっくりするくらい記憶には残ってないので、改めて読んでみますかね。
 
阿刀田高さん、宮本輝さん、村上春樹さんの小説もね。以前、読みつくしてしまってから時間が経ってるから、新しい本があるかもしれない。
 
あ、『人間失格』を読んだ時のエピソードを書くのを忘れた。太宰治さんは、あまり合わないんだよね。と、村上龍さんの作品も苦手だった。今はどうだろう?
 
デザインやアート系の本も、久しぶりに眺めてみるのも良いかな。
 
新しい作家さんの本も読んでみたいよね。以前読んでみて面白かったけど、その後読んでない作家さんの本も、また新刊が出ているはず。
 
あとは、知り合いの人が書いた本で、まだ読んでないものもあるし。どこかのタイミングで、読書三昧の企画でもやろうかな。
 
あ、英語基本語彙辞事典について書くの忘れた。僕を作った本といえばこれ。
高三の時に留学を決意して、この辞典を読んだことで、大いに英語力が付いた。英語がきちんとしゃべれるようになったのは、この本のおかげ。



by t0maki | 2020-05-08 20:12 | ライフスタイル>映画・書籍 | Comments(0)

書くこと、つくることが好き。旅をしながら写真を撮ったり、製品レビューをしたり、思いつきでいろんなところに飛び込んでみたりします。英語と走ることが得意。

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