映画『バード・ボックス』と世界の終わりについて
2019年 01月 13日

今年は、観た映画の感想をなるべく記事に残しておこうかな、と。毎年、100本以上の映画を観てるけど、結構観たら観っぱなしで、そのまま感想を書かないことが多いので。自分の備忘録にもなるし。というわけで。
『バード・ボックス』です。年末に、NETFLIXのテレビCMでもやってたので、いつか観ようと思っていて。
ジャンル的には、世界の終焉を描いた映画。よくあるゾンビ系と似ているけど、この映画は恐怖の対象が「見えない」ってのが特徴。おどろおどろしい特殊メイクやCGは一切なし。恐怖の対象をあえて見せないのは、ジョーズにも似ていて、見えないから余計コワイ、と。
パニック映画の要素もあるけど、ストーリーとしては後半は結構静か。じわじわと来る怖さ?かな。
よく、こういった「End of the world」的な映画観ながら、僕も「本当の世界の終わりってどんな感じなのかな?」って考えることがある。伝染病とか、核戦争とか、もちろんゾンビも含めて、映画ではよく描かれているテーマだ。エイリアンが来襲したり、モンスターや怪獣に襲われたり。気候変動もありえるだろう。
僕が考える人類の最後って、もっと静かなものかもな、と。
花が咲いて、枯れていくように。人間の世界が徐々に終わっていく感じ。
風船がしぼんでいく感じ。
花がしおれていく感じ。
木が枯れていく感じ。
文化は頭打ちになり、人々はだんだん覇気がなくなってきて、夢見ることがだんだん少なくなり、ガツガツせずかっこつけたりもせず、だんだん弱っていって、最後は人類が滅亡する、というような。
ドラマチックなことは何もなく、徐々に衰退していくような。
分からないけどね。ホントのところは。でも、老化して衰えて終わるってのは、ひとつの終焉の形かもな、と。
今回の映画を観ながら、やっぱり僕は世界の終わりについて考えていて。
そう考えてみると、僕らの文化って花の盛りは過ぎていて、あとはしおれていくのかな、とも思ったりしつつ。
どうなんでしょうね?
ただ、文化も振り子のように、らせん状に移り変わっていくもの。新しい世代が生まれたら、新しい文化も生まれる。
ひとつの年代だけだったらぼくらの文化も黄昏を迎えているのかもしれないけど、きっと新しい流れも生まれるんだろうな。
科学技術の信じて、世の中の発展こそが文化の醸成だと信じてた僕らの世代と、やっぱり今の世代は違う。それは、オリンピックへの反応を見てもわかるでしょ?ただ、根っこのところで「幸せになりたい、幸せな世界を築きたい」っていう気持ちは変わらないわけで、そこは変わらないし、変わるべきではない部分。
テクノロジーの最盛期を迎えたあと、人々はもっと精神的な充足感を得ようとするものなのではないかな、とか。
それが、振り子の向かう先。ぐるぐると、ループしながら、かつ螺旋の動きで一つの方向に向かっているというような。
映画の感想からだいぶズレたけど、そんな感じ。
映画は、割と面白かったですよ。たぶん、そんなに潤沢な予算は無いのだろうけど、それなりに作りこんであって。
もっと面白くするなら、人間のちょっと滑稽な部分であったりとか、深い人物描写であったりとか、手を入れられる部分はあると思う。スピルバーグなら、この映画をどのように作りこむだろうね。
というわけで、映画を観て、なにやらフリーライティング的にうだうだとなにやら書くのはなかなか楽しい。
と、ラクガキするのも楽しいしね。
さて、次はどの映画を観ようかな。
by t0maki
| 2019-01-13 21:06
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