都内で富士登山!江戸七富士登頂レポート

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自宅の近所にある神社。初詣はもちろん、特に用事がなくともなんとなく散歩がてら訪れる。何年もの間、数え切れないほどその場所に行ってるのに、そこにある富士山の存在に全く気付いていなかった。正確には、そこに富士塚があるのは目に入っていたが、その意味や価値、つくられた想いというものは全くと言っていいほど理解してなかった。

富士塚の話。

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都内には、50を超える富士塚があると言われている。ミニチュアの富士山。たいていのものは数分で登れてしまう。

なんでこんなものが都内に何箇所もあるのか?江戸時代、富士登山は誰にでもできることではなく、富士山に登るということは人々の憧れでもあった。そこに、富士講という山岳信仰の団体が形成され、神社や寺を造るのと同じように、富士塚をつくるようになった。富士山の形に似せ、現地から溶岩石などを運び込んだりもしつつ、おもいおもいの「富士山」を江戸の各地に造ったのだ。

それが、今でも残ってる。中には崩れて遺跡跡となってしまったものもあるが、いくつかは修復・保全され、人が登れるものもある。

中でも有名なものが「江戸七富士」と呼ばれ、山開きの日などには参拝客で賑わう。普段は閉鎖されている富士塚も、この日だけは登れる場所もあるからだ。

7月1日のお山開きの日には、1日に何個も富士塚に登った。そしてとうとう、つい先日「江戸七富士」の全てに登ることができた。


ついこの前までは、その存在すら意識していなかった富士塚。詳しく調べていくと、その奥深さや魅力にとりつかれていく。江戸時代の民衆によるアミューズメントアトラクション、富士塚。

これはなかなか面白い。


by t0maki | 2018-09-22 18:48 | ライフスタイル>アーバンアルピニスト | Comments(0)

書くこと、つくることが好き。旅をしながら写真を撮ったり、製品レビューをしたり、思いつきでいろんなところに飛び込んでみたりします。英語と走ることが得意。

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