シンギュラリティと未来の仕事、人類の幸せについてとか

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鈴木寛(すずかん)さんの講演がめちゃ面白かった。AIによって、未来の「仕事」がどう変わるかっていうテーマで、「何年か後に無くなる仕事」と「残る仕事」のリストを見せてもらって、「あぁ、なるほどな」と思った。

簡単にいうと、「人間ならでは」の仕事は残る。人間味のある仕事っていうのかな。やってる本人がワクワクする仕事、あるいは周りをワクワクさせる仕事は、この先も無くならないんだな、と。その代わり、感情が不要でひたすら単純作業を繰り返すような仕事は、あっという間にAIに取って代わられるようで。

最近、「シンギュラリティ」って言葉をよく聞くようになってきたね。AIが人間を超えるタイミング。そもそも、人間の知識の総体をどう測るのか分からないし、物差しも一つではないから比べるのは難しいと思うけど、でもまぁ、なんとなくコンピュータが人間をこえるその瞬間みたいなのを意識すると、テクノロジーの進歩がイメージしやすいってのがある。いろいろ説はあるけど、2045年だって。もっとも、コンピューティングの一部は既に人間を超えてるだろうし、これからも一部の領域では性能の向上はありつつも、そもそもが別物なのだから、人間を超越してその上に存在するものってことにはならない気がする。便利な道具ということで、それをよく使う人は出てくる。直接は使わなくとも、その恩恵を受ける人はたくさん増えるだろうね。

後もうひとつ、「幸せ」についての考察も。社会全体の幸せの底上げと、個人の幸せというものがあって、それぞれ微妙に違う。貧困撲滅、食料問題の解決、環境や社会問題の解決、水の確保とか、教育とか、医療・健康とか、福祉、経済、家族と子育て、仕事。文化の創造、差別のない世界。これらは、社会全体を幸せにするためのもの。

一方で、人が幸せを感じるのは、他者と比較して「自分の方が上だ」って認識する時だったりする。周りよりも収入が良いとか、家が広いとか立地が良いとか。周りから羨ましがられることが、幸せと感じたり。

そうなってくると、他人の不幸は蜜の味。幸せを底上げすると、その上がった幸せの中で各々が幸せの比べっこを始める。そうなると、社会全体を幸せにするよりも、「不運で可哀想な人」を作る方が、「あの人たちに比べたら自分は幸せだなぁ」って感じることになる。

それは、なんか違うよな。自分がいかに恵まれた環境にいるかってことを理解する物差しが、他人の不幸ってのはあんまりだ。

他人の心の痛みを感じることができない、あるいはあえて考えないようにしている、サイコパスのような人が合理的効率的に搾取してその人だけが幸せになり、それを羨ましく思うような社会はなんか間違ってると思うんだよね。

ま、そこらへんの価値観は人それぞれ。なんとも言えない。

講義の内容とは大幅に脱線した独り言になってしまったけど、だいたい僕はいつも講義を聞きながら、なんかそれと連想した関係ないことを頭の中で考えてたりするから、今回もそんな感じで。とても楽しかったですよ。

他にもいろいろ、空想妄想想像してたけど、そこらへんはまた今度。

それにしてもすずかんさん、文部科学大臣補佐官、東京大学大学院公共政策学連携研究部教授、慶應義塾大学政策メディア研究科兼総合政策学部教授っていう肩書きだけ聞くとなんかとっつきにくい人なのかなーと思ってたら、実際に話を聞いたらすごく分かりやすくて面白い。この人のゼミに参加できるなら、これから日本の大学で学ぶのも良いな、と割と本気で思った。

by t0maki | 2018-09-11 09:14 | Comments(0)

書くこと、つくることが好き。旅をしながら写真を撮ったり、製品レビューをしたり、思いつきでいろんなところに飛び込んでみたりします。英語と走ることが得意。


by 前田とまき(TOMAKI)