正義って難しい

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なんかよくわからんけど、いつも何かをdisってる人いるよね。悪口、陰口、ただの愚痴。そういう人の近くにいると、なんだかこっちまで気が滅入る。

愛のあるツッコミなら全然良いんだけど、それがとりつくしまもないただのヘイトスピーチに終始していたりすると、げんなりする。

面と向かって話を聞いたら良い人なのかもしれないけど、マスクを被ったネット上だと突然イキって周りに唾を吐きかけるのって、なんだろね。

建設的で解決を目的とした議論ならば良いけど、途中でなんか相手の人格を否定したり単にダメージを与えるための攻撃に切り替わってたり。なんだかなぁって思う。

正義は大事だよ。それこそ、命をかけてでも守るべきものなのは知ってる。でもさ、偏った情報に踊らされて安っぽい正義感で拳を間違った方向に向けてたりすると、それは悲劇でしかない。

正しい情報を見極めるのが大事。そして、当たり前のことだけど憎むべきは罪であり、人ではない。悪いことは、悪い。それは間違ってない。でも、悪かったと認めている人を直接関係のない野次馬が足蹴にするのは良くないと思うんだ。以前は井戸端会議や、飲み会の話題で、その場で流れていった発言が、ネットの力でそれが直接の声として残るようになった。井戸端や飲み屋を超えて、周りに伝わるようになった。

そんな大量の悪口が、ひとりの人間の上に降り注ぐのって、辛いことだよなと思う。謝って頭を下げている人をさらにみんなで踏みつけてるのを見ると、「正義ってなんなんだ?」と思ったりもする。

「幸せってなんなんだろう」って考えた時に、幸せには2つの種類があることに気づく。ひとつは、社会全体が幸せになるということ。みんなが幸せを感じること。

もうひとつは、個人の幸せ。つまり、自分が幸せであれば良い。むしろ、周りが不幸でも自分だけが幸運ならば嬉しいということ。

この、相対的な幸福感は、「不幸な階級」をつくることで成り立つ。貧しい人を見て、自分は恵まれていると感じる。不幸な人を見て、自分の置かれた環境はまだマシと思うような。

最下層の人間を作り出す仕組みのひとつは、今はネットメディアのような気がする。その後ろにいる、一般人の論調。ネットの村八分とでもいうような。

ネットでもリアルでも、相手を尊重する気持ちが大事だよね。次は我が身かもしれないし。

by t0maki | 2018-09-04 10:14 | Comments(0)

書くこと、つくることが好き。旅をしながら写真を撮ったり、製品レビューをしたり、思いつきでいろんなところに飛び込んでみたりします。英語と走ることが得意。