寄藤さんの『絵と言葉の一研究』を読んでデザインについて考えた

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一個前の『新クリエイティブ資本論』を読みながら考えてたことのアンサー的なことが偶然こちらの本に書かれてあってなるほどなと思った。

イラストレーターの寄藤さんが書いた、絵と言葉の本。


デザインに対する姿勢を「マオ的」と「ヨナ的」に分けて解説してた。フィギュアスケートの選手、浅田さんとキムさん。それほどスケートに詳しくない僕でも、「あぁ、なるほどな」と思いました。この本の中で、圧倒的な技術を見せつけて「ワタシってすごいでしょ」ってのを見せつけるのがマオ的。一方で、サービス精神旺盛で観客を楽しませるために音楽をチョイスして踊るのがヨナ的、と。実際ホントにそうなのか分からないけど、分け方として面白いなと思った。

「自分ってスゴイ」っていうオーラ全開のエゴとナルシストの塊みたいな自称デザイナーとかクリエイター、いますよね。スゴイ人は確かにスゴイですけど、そうでもない人の謎の自信がコワイ。あと、スゴイ人でもムラがあって、案件との相性かもしれないけど、明らかに不発で終わったり。

そういう時に、何が失敗の原因だったかを考えた時に、エンドユーザーの視点が欠落してるせいだったりします。もしくは、考えてはいるんだけどそもそも見当違いのペルソナとターゲット設定だったり。人の心とか、属性とか、そんな単純なものではないので、往々にして目測を誤る。例えデータに基づいてターゲット設定をしてみたとしても、データって見方によっていろいろな読み取り方があるから。

ユーザー視点でデザインしようとしても、途中でいろんな障害が発生するんですよね。クライアントの理不尽で見当違いなフィードバックとか。間に入ってる無能な代理店担当者とか、外部のディレクターが引っ掻き回したり。社長の奥さんの、謎の「鶴の一声」で全ての価値がどっか行っちゃったりとか。いろんなところにトラップがあって、最終的に「なんでこんなの作っちゃったんだろう」って、謎のものが出来上がったり。

話を戻すと、エゴ全開のナルシストデザイナーもダメだけど、周りに流されまくるプラクティカルすぎるデザイナーもアウトプットは無難になりがちなので、大事なのはバランスかなと思うわけです。マオさんも、ヨナさんも、お二人とも世界トップレベルのすごい選手ですからね。自分のスキルを磨きつつ、観客を楽しませるような試技ができるとベストですね。

デザイナーは、スキルや感性をとことんまで磨いていくこと。その上で、実際に制作の際はユーザーのことをしっかりと理解して、使う人にとって最適なものを提案する。

独りよがりのデザインはダメ。ステイクホルダーや、スケジュールとか予算に流されすぎてもダメ。本来あるべき姿に整えてあげるのが、デザイナーの役割だと僕は思います。

ここらへん、寄藤さんの本の内容とはちょっと違うんだけど、僕個人の意見として。

と、寄藤さんによる本の装丁アイデアいろいろ、見てて面白かった。流石だなと思いました。シリーズの流れとして解説付きで見ると分かるけど、デザイン単体では多分通じなさそうだなってのもあったりして、やっぱりデザインって奥深い。罪深い。


by t0maki | 2018-07-03 06:30 | ライフスタイル>語学 | Comments(0)