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写真では伝わりにくい「感動する南砺の風景」3選
僕は写真が好きだ。撮るのも、見るのも。
写真は時に現実以上の迫力と感動を伝え、見るものをぐいぐい引き込む。そこには、現実以上に研ぎ澄まされたその瞬間が刻まれていて、肉眼で見えている以上のものが表現されている。写真はとことんリアルであり、同時にフィクションでもある。

写真の可能性。……そして限界。

やはりどうしても、写真では伝えられないこともある。たとえば、匂いであるとか、その場で聴こえる音や音楽などは、視覚をキャプチャーする写真では伝えきれない。連続する時間の経過。会話の間。視線の動き。

例えば、こんな写真。


井波八幡宮

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早朝の神社。左手の狛犬から靄が立ち上っているのが見えるだろうか?前日の雨で湿っている苔や土が朝日で温められ、水蒸気が立ち上っている。太陽の光に照らされて、それはそれは幻想的な光景だった。写真も悪くない。でもその早靄に包まれた境内を歩く体験に比べたら、この写真はすごく陳腐なものに見える。




使われなくなった橋

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これは、土砂崩れで道路がふさがり、使われなくなった橋。人口の建造物が、手入れをするものを失って自然の中に取り込まれようとしている。これを見た時、映画「天空の城ラピュタ」で、主人公たちが空に浮かぶ庭園に着陸した時の光景を思い出した。どんなにすぐれた文明も、いつかはこのように遺跡となって、植物が侵食し、自然に返る可能性があるのだ。この写真もまた、実物の方が格段に迫力があって感動する。




燻炭の煙

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最後は、この煙突から立ち上る煙の写真。田んぼの脇で、米貯蔵用の巨大なブリキ缶を再利用したものを使って、籾殻を蒸し焼きにして燻炭をつくっている時に撮った写真。鳥のさえずりを聞きながら、アウトドア用の椅子に座って、煙突から流れる煙を眺めている。籾殻が炭化するにしたがって、最初は黄色かった煙がだんだん青色に変化していく。それを見つめていると、穏やかな気持ちになっていく。その心の移り変わりも、写真ではなかなか伝わらないものだ。




僕は写真がとても好きだが、本当に感動する瞬間「あぁ、これは写真では撮れないな」と思って、写真を撮るのを止める。ただただ、その時の感動を深く味わう。

今回の写真は、昨年11月に、富山県 南砺市でプチ移住体験をした時に撮影した写真だ。他にも、引き寄せられるように偶然見つけた大杉とか、夕暮れ時の露天温泉から見た景色、里山の宿泊施設の裏山で見つけた水路やその時の木漏れ日など、感動する光景はたくさんあったが、どれも写真に撮るのは止めた。「心のカメラで撮る」って言うとなんか陳腐な響きになるけど、まぁそういう感じ。

写真で撮ると輝きが増す風景と、逆にカメラを向けると興醒めする風景もあって、そういうのも含めて僕は写真がすごく好きだ。



by t0maki | 2017-01-20 21:10 | ライフスタイル>旅 | Comments(0)

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