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須永博士さんの講演聞いて、ポンと背中押された感じ
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須永博士という方の公開講座の会場に入った瞬間、どわーっと作品が飾ってあってその迫力に作家さんの人生がにじみ出てる感じで、どんな方なのかな、と。この作風は必ず「相田みつお」さんと比較されるのは必然だとして、ただ須永さんの作品からはなにやら60年代の学生運動のプラカードみたいな、書を芸術と捉えるのではなくあくまでメッセージを伝えたいと、そんな気迫を感じました。
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それにしても、なんとも威勢の良い言葉が並んでいます。「本気を出せ」とか、「パワー全開」とか、いきなり「喝」とか。僕みたいな世代の人間は「気合いだけではどうにもならん事が世の中には多いんよ」みたいな事を冷めた目で言いたくなりますが、ずっと作品を眺めていって、さらにエピソードを伺ったりしてると、なんだろう、だんだん勇気が湧いてくるというか、僕も頑張るぞっていう気になっちゃうから不思議。うん。

ベンチから打席に立とうとする時、コーチが「ぽーん」と背中を叩いてくれる感覚に似てる。そんなんなくても頑張るに決まってる。でも、その「頑張れよ」のジェスチャーがなんかうれしいっていう。

目標に向かって頑張るなんて当然といえば当然だし、他にも頑張ってる人はたくさんいる。頑張ったからってそれだけで認められるような社会ではないけど、なんかちょっと頑張りを認めてもらえたような。なんの確証もないけど、とりあえずまだ頑張れることを確認できるような、そんな感覚。

ひとつ、講演の中で記憶に残ったエピソードを紹介。須永さんの詩とはなんの関係も無いんだけど。

13歳の女の子が癌で無くなった。一旦息を引き取り、そのあと奇跡的に一瞬だけ蘇生して、母親に看取られながら最後に残した言葉。
「お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん お母さん」

お母さんって言葉を40回呟いて、少女は亡くなったそうです。
よくある、偉人の「最後の言葉」とは似てもにつかない、圧倒的なリアリティ。もちろん、これは詩ではなく、ドラマのセリフでもない。一度機能を停止して、最後にかろうじて再生した意識が発した言葉が、ただ「お母さん」の繰り返しだったってこと。

言葉のパワーって確かにあるなぁ、と。それは、詩の中にも、現実の会話の中にも。僕が書くのが好きなのも、語学を身につけるのも、なんならアートを勉強するのだって、そういうありのままのコトバに触れたいと思うからってのが根っこのところにある気がする。

良い講演でした。最後に、須永さんが丸めた頭にスプーン貼り付けて「パワーが」とか言い出したのがなんともアーティストっぽいエキセントリックさで、それも楽しかったですよ。

というわけで、僕も「ポン」と、背中を押してもらったような感覚です。

by t0maki | 2014-06-28 13:41 | Comments(0)

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