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【追悼】『アルジャーノンの花束を』を読み返すのは何度目だろう
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十代の終わりに英語の勉強をしてた頃、『アルジャーノンに花束を』の原書を購入して読みました。主人公のチャーリーの視点で日記風に書かれた文体。知的障がいのあるチャーリーは、最初はスペルミスがあったり、文章もうまく書けないのですが、あるきっかけでどんどん知能が高くなっていき、文章も書く内容もどんどん洗練されていく。そこに、ちょうど英語を勉強中だった自分の姿を重ねて、僕もこんな風にどんどん知識を取り込んで行きたいとわくわくしながら読みました。最初に原書で読んだ時は、まだ当時の英語力では途中からついてけない箇所もありましたが。

まだ本を読んでない方は、今回の記事はネタバレありかもなので、先に本を読んでくださいませ。

で、留学中にもう一度読んだ時は、英語で本を読むのにも慣れて来た頃だったので、英語の表現が高度な箇所になっても取り残される事なく(ま、以前読んでたこともあり)、さらに多くを読み取ることができました。

で、問題は日本に帰国してしばらく経ってから読んだ時。その時共感したのは、本の後半部分。手に入れた知識がまるで手のひらですくった水がこぼれてくようにどんどん失われていく箇所。当時の僕は、せっかく大学で身につけた語学力もアートのスキルも、まったく生かすことができずに悶々としてた日々。苦労して学んだ知識がどんどん失われていくように感じが切なかった。

現在は、良い感じに英語もアートも生活に取り込むことができたので、まぁまぁなんとかやってます。

あと、またしばらく経ってからスペイン語で読むのをトライしたことあるんですよ。大学でスペイン語を勉強してからだいぶ経ってたので、もうあらかた忘れてて読解力が低すぎて問題外でした……。最初の方の、筋を覚えてるはずの文章でさえ全く意味が頭に入ってこない。仕方ないからやけくそで意味もわからずベッドの上で音読してたら、娘がやってきて、僕のマネして発音して、「なんて意味?」って聞いてくる。「えーと、チャーリーがねぇ…」って、分からないとこは分からないなりに説明してたら、いつの間にか少しは文章の意味が頭に入ってくるようになったってハナシ。教えるという行為をすることで、教わる方だけでなく教える方も学習する、と。ちょっとした発見でした。教える側のプレッシャーみたいな感じですかね。

もちろん、日本語でも読みましたよ。でもやっぱり、言葉が進化してく感じとか、原文の英語で読む方がより雰囲気を理解できるかと。
英語を勉強する人には自分の英語力を測る物差しになって、何度も定期的に読むのが良いと思います。おすすめ。

今朝改めて『アルジャーノンに花束を』のKindle版を購入したのですが、そもそものきっかけは、著者であるダニエル・キースさんが亡くなったというニュースを目にしたため。

改めて、読み返してみます。


Flowers for Algernon

by t0maki | 2014-06-19 13:08 | Comments(0)

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