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夢が交錯する場所、「ダイマルホテル」
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アメリカ西海岸を一人旅しながら就職活動、……って書くと聞こえは良いけど、結局ホームレス覚悟(っていうか家がない時点で既にホームレス確定)で捨て身の職探し。
その時流れ着いたロサンゼルスでのベースにしてたのが、リトル東京の「ダイマルホテル」でした。

1998年当時、僕の部屋は一週間で百数十ドルだった記憶が。とにかく、いわゆる「安宿」です。従って、そこに泊まる人たちは日本からの学生さんとか、バックパッカーとか、夢を追う人たちとか、すごくみんな個性的で、ステキな人たちが多かった。
ちょっとメインストリームからはみ出してしまって、世間ではどこにも属すことができない「アウトキャスト」的なんだけど、でも何か輝くものを持っていてっていう人たちとか。
一ヶ月くらいそこを拠点にして職探しをしている間、いろんな人たちとすれ違い、その中の何人かの人たちと言葉を交わし、夢を語り合ったりもしました。

前回のブログ記事の流れで、なんとなくそこでの経験とか、そこで会った人たちの事を書きたくなったので、これまた思いつくまま書いていきます。

まず宿は、窓は付いてるけど景色はなし。なるべく安い部屋にしたので、窓の外は隣の建物の壁。湿ったベッドとすり切れたぼろぼろのシーツ。立て付けの悪いクローゼットに、裸電球の照明。シャワーとトイレは共同。電話は、ロビーの公衆電話を使います。テレビはオプションで、もちろん僕は借りなかった。いわゆる正真正銘正統派の「安宿」でございます。

就職活動中、電話がないのが結構辛かった。ケータイ電話がなかった時代。いや、世間ではあったけど、僕が持ってなかっただけか。ネットにつながるPCもなく、だから仕事面接の結果とか、連絡先には、そのホテルのロビーにある公衆電話の番号を先方に伝えてました。ロビーの電話が鳴ると、僕がダッシュで応答しにいくか、誰かが取り次いでくれるか。必然的に、僕は電話番のために仕事面接がないときはなんとなくロビーをうろつくことが多く、だからいろんな人と話ができたのかも。

「これから、中南米に移住するんだ」っていう人がいてびっくりしました。なによりも、その肌の日焼け具合とか、見た目からして中南米になじむ感じの人で、日本人離れした相貌も不思議な雰囲気。

「大阪で数学塾を開くんだ」っていう人とは、滞在中結構密に話をした記憶が。会話自体はとりとめない内容だったと思いますが、僕もまだ若かったし、夢について語ることで、現実の不安を吹き飛ばしたい、と。そんな感じでいろいろ語りあいました。

僕と同様に、ロサンゼルスで職探しをしている青年もいました。その人は僕よりも早く日本食レストランの仕事が見つかったみたい。

何かの理由で家をなくした白人男性がほぼ住人と化していたり、音楽をやりたくてロサンゼルスの専門学校に行くんだっていうミュージシャンの卵の人がアンプなしでギターをつま弾いていたりとか、あとは普通に学生観光客とか、バックパッカー達とか、僕がそこに滞在している一ヶ月弱の間に、いろんな人とそこですれ違いました。

「夢が交錯する場所」っていう感じ。それぞれ、いろいろな夢を持った人たちが自然とそこに集まり、そしてちょっとだけ時間を共有して、そしてそれぞれに道に進んでいく、と。

僕も、所持金残りわずかのギリギリのタイミングで、ロサンゼルスのダウンタウンにある宝石デザイン会社の広告部での仕事が決まり、そのホテルを出ました。

今でも、時々あの時のことを思い出します。自分の原点、ですからね。
夢を持って、そして実際に行動を起こしている人はたくさんいます。そういう人たちを支援できるような、そんなWEBサービスがあればステキだな、と。前回のブログ記事を書きながら思いました。

そんな感じです。

by t0maki | 2012-05-30 00:00 | 乱文・雑文 | Comments(2)
Commented by もんちゃん at 2012-06-02 03:33 x
楽しそうな経験。まさにプライスレス!
そうか、卒業したばかり位って携帯もボチボチだったし、ネット環境も・・・。今更気づけば10年以上も経ってるとはいえ、時代の変化ってすごいな・・・
Commented by t0maki at 2012-06-02 04:34
>もんちゃん さん
ホテルって、いろんな人がいて、いろんなドラマがあるんだなぁ、と。貴重な体験でした。

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