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『人間は妄想する竹である』
妻: 考える足?

俺: 葦だよ、アシ。植物の。

妻: なんで葦なの?フキノトウでも蓮でも良いじゃん。

俺: なんか、立ってる感じがそれっぽいからじゃない?

妻: だったら、竹で良いじゃん、竹で。

俺: 多分あれだよ、昔のフランスに竹がなかったからかも。

妻: じゃぁさ、「人間は考える葦である」って文章を和訳するときに、「考える竹である」みたいに分かりやすくすりゃ良いと思わない?

俺: そもそも、「考える」っていう言葉も微妙だと思うんだよね。

妻: それはアレでしょ、人間の特性として「考える」能力があるから、ってことでしょ。

俺: でも、「考える」だけなら他の動物でも普通にやるでしょ。エサを目の前に「待て」をやらされてる犬とかって、アレ相当考えてるよね。

妻: まぁ、それなりの脳みそがある動物なら、なにかしら考えてはいるよね。

俺: 人間の場合、ただ「考える」だけじゃなくて、そこにないモノを「思い描く」ことができる動物だと思うんだよ。感覚から想起された物に対して考えるだけじゃなく、記憶や想像からものごとを考えることがここまでできるのって、やっぱり人間だけじゃないかな、って。

妻: まぁ、そうかもね。そこにないものを思い描くことができたから、人間ってここまで文明が進化したんだもんね。もっと便利な世の中を、とか、未来はこうなって欲しい、とか。空想を少しずつ現実に実現してきた結果が、今の私たちの世界。

俺: 「人間は空想する葦である」と。

妻: 「空想」とかって、なんとなくポジティブな感じだけど、まぁ結局は「妄想」が多いよね。

俺: 「人間は妄想する竹である」か。

妻: あぁ、そうか。だから「妄想竹」って言うのか!

俺: イヤ、それは違うと思うよ……。


※この会話はフィクションです。

by t0maki | 2012-05-02 00:00 | 乱文・雑文 | Comments(0)

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